東京高等裁判所 昭和49年(う)2803号 判決
被告人 米津知子
〔抄 録〕
昭和四九年四月二〇日から六月一〇日までの間(五月一三、二〇、二七日を除く)東京国立博物館で行なわれた文化庁、右の博物館、国立西洋美術館の共同主催にかかるレオナルド・ダ・ビンチ作のモナリザ画の公開・展示は国民一般に名画を観賞する機会を与えるためのものにほかならず、主催者としては、限られた日数内にできるだけ多数の希望者が円滑に観覧できるように工夫・配慮すべきことはいうまでもない。また、この絵画がフランスから借用したかけがえのない世界的名画である点にかんがみれば、その保全に万全の措置を講ずるのも当然のことである。以上の観点から、主催者は、モナリザ画を背面の特殊鋼と前面の三層の特殊ガラスで保護し、その展示室である特五室に幅一・二メートルの三列の観覧順路を画面を中心にユーターンするように設け、観覧者は正面玄関をはいって右側の資料展示室を経たのち右の順路に従い観覧する運営をした。そして正門近くに荷物預かり所を設置し、正門、玄関、資料展示室、特五室、そのなかの順路と出入口に衛士を、絵画の両側と裏側に衛士および警察官をそれぞれ配置した。これらは、絵画を保全し、混雑から生ずるおそれのある危険を防止して、できるだけ多くのものが整然かつ円滑に観賞できるようにするための措置であった。入場・観覧の実際についてみると、原判示日時は最初の観覧日で開館して間もないころであったのに、開館と同時に二百数十人が押しかけ、その後続々入場するという有様で、絵画の展示が終了するまで連日同様の状態がつづき、全期間の観覧者の総数は百数十万人にも及んだ。主催者は、かような事態を予想し、原則として付添いを要する人の観覧の遠慮を要望するとともに、現に一部そういう人の観覧を断った。これらの人のなかに車椅子を要する身障者などがふくまれていたことは否定できない。ただ実際には、身障者の声や世論の動きにこたえ、五月一〇日を身障者などの特別観覧日とし、その他の日でも混んでいない場合には身体的に多少不自由な人達にも観覧の機会を与えたようで、主催者側にも身障者等に対する配慮が全然なかったわけではない(根岸達躬の供述、実況見分調書等)。理想的観点からみると、主催者のとった措置は万全のものとはいいがたく、身障者等肉体的ハンディキャップを背負った人達の眼には、不当な差別待遇と映じたかもしれない。周知のとおり、欧米の先進諸国では、右のようなハンディキャップのある人達に対するその自主・自立を主眼とする福祉政策が推進され、これについての国民一般の理解・支援も強いようである。近時はわが国でも、これらの面についての施策が緒につき、ようやく一般の関心も高まりつつあるが、右の諸国に比しなお立ちおくれがみられることは否定しがたい。ただこの種の問題は、わが国民の意識・生活水準・教養・文化の程度をはなれて一挙にその完全な解決を見出すことは困難である。
被告人が身障者処遇の改善に熱意をもやし、原審の判断に納得できない気持をいだいたことは察するにかたくない。しかし憲法も、法律も、現実を規制するための規範としてこの国の現実をまったく無視して解釈することはできない。このような観点からすると、主催者の措置は、個人人格の尊重・法のもとの平等を強調・保障する憲法一三条・一四条に違反するといえるほど不合理なものとは考えられない。したがってまた、被告人の行為は国や社会の身障者に対する措置に強く抗議するためであり、時間も場所もきわめて限られたものであったにせよ、その行為態様、すなわち、名画に向かって赤色のスプレー塗料を噴出させて画面をおおうガラスの一部およびその付近を汚染させ、数分間付近の観覧者の観賞を妨げたこと(状況からして、その人数が一〇名くらいにとどまらなかったことが推認される)、スプレーの飛まつを傍らの衛士や警察官の衣服にかからせたこと(前示の証拠、高岡茂夫、館野茂男、阪豊、中村久男の各供述等)等の点からみて、抗議の方法として社会的に是認される相当性をもつものとは思われない。絵画そのものの保全措置が万全であるということとその美観を損ない観賞を妨げるということとは次元を異にし、前者を理由に後者が許されるとはいえない。またかりに身障者の観覧欲求が十分に満たされない状況があったとしても、このことからただちに身障者一般の人権が侵害されたとみるのは相当でない。以上の理由で、被告人の本件行為については、可罰的違法性がないなどということはできない。
(横川 柏井 中西)